うすらぼんやりとした解説:於母影(おもかげ/ ft. 初音ミク with GUMI & Galaco )


だいぶ日が経ってしまいましたが「初音ミク誕生祭」お疲れ様でした!
この度の動画は、前作の「藍碧」ほどではないものの、かなりの健闘を見せてくれました。

再生数は500を超え、どこか、何らかの印象は残すことができた様子。応援してくださっているリスナーの皆様、いつもありがとうございます。私はこのあたりで満足です。

しかし折角なので、私はここに「於母影」というオリジナル曲のセルフ・ライナー・ノーツを残すことにします。


主題は「かつて手放した想い」

欲して已まない愛や賛美が手に入らないと判った時、人は「かつて愛した人を嫌う」か、「思い出を消化していく」か、それくらいしか痛手を癒やす術はないのだろうな……といったことを、ふとした時に想像しました。

届かない、仮に届いたとしても報われない、そんな想いを胸でくすぶらせながら生きていくのは、きっと苦しい。しかし胸に抱く感情の内訳が憧憬(しょうけい=あこがれ)だったなら。純粋に慕うだけの気持ちであったなら。恋愛的な片想いは、いつか審判を迎えるけれど、憧れや漠然とした慕情であったなら、報いを求めることなく、胸にしまって生きていけるのではないか。多少は優しい気持ちで手放せるのではないか。

(恋愛というものは、流行歌のモチーフとして特に重用されるテーマ。年頃にもなれば誰もが意識する、普遍のものなのでしょう。とかく日本の歌モノにはその傾向が顕著です。しかし)愛だの恋だのというものは、声高に謳われるほど希薄になってしまいそうで虚しい。それなら、かつて思い描いた恋の代わりに、静かな崇敬を抱いていたい。覚えたてだった愛のおもかげを抱いて生きていたい。

―――というのが、前半の歌詞に仕込みたかったこと。

愛は大切にしていたい。かと言って今ここで復活の道を示されるとして、喜べるかといえば、そうでもなくて。「かつて体験した失恋は『僕』なりに決着をつけた。恋に恋をするような『僕』は、もう居ないんだよ」というのが後半に含めたかったメッセージ……だったのですが、巧くいったかどうかは判りません。

一つの恋愛が終わりを告げるとして、その後「愛」が生き続けることはあるのかも知れない。
でも「恋」そのものは、そう易々と生き返るものとは思えない……私にはそう思えてなりません。

なんてね。


オマージュ元作品のリスト

今回は拙旧作も含まれます。大いに

自作曲「いろべよう」:間奏部分をアレンジして採用。

自作曲「トリッカトリト」:歌詞「影踏み踊るまじない」……影踏みや鬼ごっこのモチーフをここから継承。

自作曲「散華抄」:歌詞「あの花は散った 遠い日に散ったの」……(それも実を結ぶために)。

【リスペクト枠】ジムノペディ「恋じかけのワルツ」:管楽器入りジャズ風味のバンド編成、お耽美な歌詞、「和ルツ(和風あるいは昭和テイストのワルツ)」の原点はここから。

既に解散されたバンドだけに、まさにおもかげを追い駆けていくしかない(!)私はこの曲が特に大好きで、自作曲を書き上げるたび、ちょっぴり似てしまっているような気が……でも歌詞はエロスを極力避けて書くことに努めているのです……いや「似る」なんて、私は今も彼等の足許に及ばないというのに……思い過ごしですよね、ふふ……(尚、楽器隊元メンバーによって構成されたユニット「ササニシカ」さんの動向を時々、そっと見つめて応援しています)。


何度でも申し上げますが「納得できるアウトプットは良質なインプットがあってこそ」。
いつもごちそうさまです。次作もそこそこの曲が収穫できますように……

では、また!

3 よいよい

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